教える側の思いは、伝わらない。それでも。

🌿看護師の悩み・キャリア

新人に何かを教えるとき、自分が渡しているものの重さを、教える側はあまり口にしません。

体力。時間。

自分が何度も失敗しながら、時間をかけて身につけてきた技術。

そして、それで終わりではなく、今も勉強し、更新し続けている知識。

教えるというのは、そうやって積み上げてきたものを、その場で相手に渡すことなのだと思います。

受け取ってもらえることが、嬉しい

教えた相手が一生懸命だったり、きちんと反応を返してくれたりすると、素直に嬉しくなります。

「ああ、力になれたんだな」

そう思える瞬間があります。

けれど、教えてもらうことを当たり前だと思われることもあります。

「教えてもらっていない」と言われることもあります。

自分なりに伝えたつもりでも、何も変わらないまま、渡したものがそのままになってしまうこともあります。

正直に言うと、それは悲しい。

感謝してほしくて教えているわけではありません。何かを返してほしいわけでもありません。

それでも、時間を使い、大切にしてきたものを渡したからこそ、受け取ってもらえなかったときには悲しくなります。

そして、「自分の教え方が駄目だったのではないか」と、悲しさが自分自身に向かうこともあります。

「わかってほしい」は、押し付けなのか

「わかってほしい」という思いは、教える側の押し付けなのかもしれません。

相手を変えようとすることも、結局はこちらの都合なのだと思います。

それは、わかっています。

けれど、相手の反応だけを、自分が教えたことの答えにしてしまうと、教える側は苦しくなります。

伝わらなかった。

できるようにならなかった。

教えたことを生かしてもらえなかった。

そのたびに、自分がやってきたことまで否定されたような気持ちになります。

でも、何を受け取り、どう生かすかは、相手が決めることです。

私にできるのは、渡すところまで。

その先は、相手のものになります。

だからといって、「渡したのだから、あとは知らない」と思っているわけではありません。

受け取るかどうかは、相手に委ねる。

それでも、どうすれば伝わりやすいのか、渡し方について考えることはやめません。

相手の反応だけを、自分の教育の答えにしない。

そのためにも、自分がなぜ教えるのか。その理由を自分の中に持っておきたいと思います。

教えないという選択は、自分の中になかった

教えるという決断をしたのは、自分です。

忙しいなかで新人につくことも、聞かれたことに答えることも、選ぼうと思えば、選ばずに済んだはずです。

教える側になったことのある人なら、きっとわかると思います。

一つのことを、どこまで踏み込んで教えるのか。

やり方だけを伝えるのか、その理由まで伝えるのか。

どこまで時間をかけ、どこまで自分の力を差し出すのか。

そこには、教える人の考え方や、大切にしているものが表れます。

それでも、教えないという選択は、自分の中にはありませんでした。

なぜだろうと考えます。

結局、助けたいという思いがあるからなのだと思います。

困ってほしくない。

患者さんの前で、何もできずに立ち尽くしてほしくない。

できることが増えたときの喜びも、自分で気づけたときの手応えも、知ってほしい。

そして、その人の看護によって守られる患者さんがいます。

教えたくないのではありません。

教えることに、疲れてしまうのです。

それでも教えるのは、その人を助けたいからであり、その先にいる患者さんを守りたいからなのだと思います。

大切にしている看護を、手放さないために

一生懸命だからこそ、教えるのに時間がかかります。

伝えたい思いが強いからこそ、言葉が厳しくなることもあります。

教えてあげたい。

気づいてほしい。

患者さんを助けたい。

そんな思いで相手を動かそうとして、空回りすることもあります。

「もっと適当でいいのだろうか」

「ここまで一生懸命にならなくてもいいのだろうか」

そう思うことさえあります。

けれど、自分が大切にしているものまで、手放すことはできません。

相手を思いどおりに変えることはできません。

それでも、自分が大切にしてきた看護を、次の人へ渡すことはできます。

教えることは、相手を変えるためだけではありません。

自分が大切にしている看護を、自分自身が手放さないためでもあるのだと思います。

それでも、渡し続ける

「教える側の思いなんて、伝わらないものだ」

そう割り切れたら、楽なのかもしれません。

けれど、私は割り切れません。

伝わらないことがあっても、受け取ってもらえないことがあっても、次に教える相手には、また同じように渡そうとしてしまいます。

そのたびに、渡し方を考えます。

言葉を選び直します。

自分の伝え方に問題がなかったか、振り返ります。

それでも、相手の受け取り方まで、自分が背負うことはできません。

渡すところまでが、自分の役目。

受け取ったものをどうするかは、その人の役目。

その境界を持ちながら、それでも私は教えていきます。

割り切れないまま、教え続ける。

それでいいのだと、今は思っています。

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