「治療に集中してほしい」
看護師なら、たぶん誰もが思っていることです。体のこと以外で、患者さんに不安を抱えていてほしくない。
でも、実際にはそうもいきません。
その人が家庭の中で担っている役割があります。家計を支えている人もいれば、家族の世話をしている人もいる。病気になったからといって、その事情は消えません。
集中治療室にいると、こんな言葉を聞くことがあります。
「ここ、高いんでしょう。早く病棟に戻りたい」
「もう退院できませんか」
体はまだ回復していないのに、費用が気になって、そう口にする方がいます。
治療費は、患者さんにとって想像のつかないものです。いくらかかるのか分からないまま、日数だけが積み上がっていく。分からないから、よけいに怖い。
だからこそ、その不安を軽くする関わりも、大事な看護なのだと思います。
お金の話は事務やソーシャルワーカーの仕事だと思われがちですが、「心配です」と最初に打ち明けられるのは、たいてい看護師です。
この記事は、看護師が最低限知っておきたいことに絞りました。制度に詳しくなる必要はありません。「気づいて、つなぐ」ために必要なところだけです。
先に、全体を1枚にまとめました。スマホに保存して使ってください。

Q1. 高額療養費制度とは、ひとことで言うと?
1か月に払う医療費に、上限がある制度です。
上限を超えた分は、あとから戻ってきます。この上限は、その人の収入によって決まります。
たとえば年収が約370万〜770万円の方だと、月の上限はおよそ8万5千円ほどです(正確には「85,800円+医療費に応じた加算」)。
手術をして1か月入院すれば、医療費そのものは何百万円にもなります。でも、その人が払うのは上限まで。ここが伝わるだけでも、患者さんの表情は変わります。
Q2. いちばん変わったこと ── マイナ保険証があれば、認定証はいりません
ここが、いま実務でいちばん大事なところです。
そもそも、マイナ保険証とは
健康保険証として使う登録をした、マイナンバーカードのことです。
ここを勘違いしている方が多いのですが、マイナンバーカードを持っているだけでは、保険証としては使えません。「健康保険証として使います」という登録が別に必要です。
登録は、医療機関の窓口にあるカードリーダーや、スマホのマイナポータルからできます。
そして、紙の健康保険証は、もう新しく発行されていません(2024年12月に新規発行が終了しました)。マイナ保険証を持っていない方には、代わりに「資格確認書」が送られてきます。
つまり今の患者さんは、「マイナ保険証を使う人」か「資格確認書を持っている人」のどちらかです。ここが分かれ道になります。
マイナ保険証を使うと、どうなるか
以前は「限度額適用認定証」を事前に取っておかないと、いったん窓口で全額(3割)を払うことになっていました。あとから戻るとはいえ、数十万円を一度立て替えるのは大きな負担です。
マイナ保険証を使えば、認定証は原則として不要です。窓口での支払いが、はじめから上限までで済みます。
カードを機械にかざすと、その人の上限額の情報が、病院側に自動で伝わるからです。だから紙の認定証を用意しなくてよくなりました。
資格確認書の方は、認定証が必要です
ここが見落とされやすいところです。
資格確認書だけでは、上限額の情報が病院側に伝わりません。だから、限度額適用認定証を資格確認書と一緒に窓口へ出す必要があります。
認定証は保険者(協会けんぽ・健康保険組合・市区町村など)への申請が要ります。手続きには時間がかかります。
認定証がいる場合を、まとめると
- 資格確認書の方(マイナ保険証を持っていない)
- 住民税非課税など、低所得の区分にあたる方(マイナ保険証を使っていても申請が必要)
- オンライン資格確認を導入していない医療機関にかかるとき
- 保険者にマイナンバーが登録されていないとき
なお70歳以上の方は、所得の区分によって扱いが変わります。高齢受給者証で足りる場合もあります。ここは細かいので、事務やソーシャルワーカーに確認してください。
看護師が覚えておくのは、「マイナ保険証か、資格確認書か」と「低所得の区分ではないか」の2つで十分だと思います。あてはまりそうなら、そこから先はソーシャルワーカーや事務につなぎます。
Q3. 2026年8月から、上限が変わりました
ちょうど今月からです。ここを知らないと、古い金額を伝えてしまいます。
月の上限(70歳未満)
| 年収の目安 | これまで | 2026年8月から |
|---|---|---|
| 約1,160万円〜 | 252,600円+1% | 270,300円+1% |
| 約770万〜約1,160万円 | 167,400円+1% | 179,100円+1% |
| 約370万〜約770万円 | 80,100円+1% | 85,800円+1% |
| 〜約370万円 | 57,600円 | 61,500円 |
| 住民税非課税 | 35,400円 | 36,900円 |
表の「+1%」は、医療費が一定額を超えた分の1%が上乗せされるという意味です。年収約370万〜770万円の区分なら、正確には「85,800円+(医療費−286,000円)×1%」。医療費が高くなるほど、上限もじわじわ上がります。
収入が高い区分ほど、上がり幅も大きくなっています。「みんな一律に上がった」わけではありません。
多数回該当は、据え置きです
12か月のあいだに3回上限に達すると、4回目からは上限がさらに下がります。これを「多数回該当」といいます。
今回の見直しでも、この金額は変わっていません。長く治療を続けている方の負担を増やさないためです。
新しくできた「年間上限」
今回の見直しで、いちばん新しいのがこれです。
これまで、上限は「1か月ごと」にしかありませんでした。そこに、年単位の上限ができました。
8月から翌年7月までの1年間で払った自己負担が、その区分の年間上限に達したら、それ以上は払わなくてよくなります。
| 年収の目安 | 多数回該当(据え置き) | 年間上限(新設) |
|---|---|---|
| 約1,160万円〜 | 140,100円 | 168万円 |
| 約770万〜約1,160万円 | 93,000円 | 111万円 |
| 約370万〜約770万円 | 44,400円 | 53万円 |
| 〜約370万円 | 44,400円 | 53万円 |
| 住民税非課税 | 24,600円 | 29万円 |
誰に効くのか
ここが分かると、年間上限の意味がはっきりします。
多数回該当は、「上限に達した回数」で数えます。だから、毎月そこそこ医療費がかかっていても、ぎりぎり上限に届かない人は、いつまでも軽くなりませんでした。
年間上限は、そういう方に効きます。回数ではなく、1年で払った合計で見るからです。
厚生労働省は、こんな試算を出しています。
- これまで多数回該当にならなかった方:年間57.3万円 → 53.0万円(約4.3万円の負担減)
- 極めて高額な医療を受けた方:年間76.7万円 → 53.0万円(約23.7万円の負担減)
月の上限は上がったけれど、1年を通してみると軽くなる方もいる。ここまで知っていると、「負担が増えたんですよね」と言われたときに、もう一歩の話ができます。
70歳以上の方は、表が別です
ここまでの表は、70歳未満のものです。70歳以上には、別の表があります。
しかも70歳以上には、70歳未満にはない仕組みがあります。「外来だけの上限」です。
入院と外来を合わせた世帯ごとの上限とは別に、外来だけを個人ごとに見た上限が決められていて、こちらのほうがずっと低くなっています。通院を続ける方の負担が重くならないようにするためです。
2026年8月から、こちらも変わりました
| 区分 | 外来だけの上限(個人ごと) | 月の上限(世帯ごと) |
|---|---|---|
| 一般(年収〜約370万円) | 18,000円 → 22,000円 | 57,600円 → 61,500円 |
| 住民税非課税 | 8,000円 → 11,000円 | 24,600円 → 25,700円 |
| 住民税非課税(所得が一定以下) | 8,000円(据え置き) | 15,000円 → 15,700円 |
年収が約370万円以上の「現役並み所得」にあたる方は、70歳未満と同じ表を使います。外来だけの上限もありません。
外来にも、年間の上限があります
外来だけの上限には、月とは別に年単位の上限もついています。
- 一般(年収〜約370万円)… 年間14万4千円 → 21万6千円
- 住民税非課税 … 年間9万6千円(新しく設けられました)
住民税非課税の方は、月の上限が8,000円から11,000円に上がりました。でも年間の上限が新しく入ったので、毎月上限まで使っている方の1年分の負担は、これまでと変わりません。
なお、外来だけの上限は2027年8月から28,000円になる予定です。
なお、2027年8月からは所得の区分がさらに細かく分かれる予定です。今の5区分が13区分になります。
Q4. これは対象になりません ── ここを間違えないこと
高額療養費は、保険がきく医療費にだけ効きます。
次のものは対象外です。上限とは別にかかります。
- 差額ベッド代(個室代など)
- 入院中の食事代
- 先進医療や、保険のきかない治療
ここを説明せずに「上限までしかかかりませんよ」と言ってしまうと、請求書を見た患者さんが驚くことになります。個室を希望された場面では、必ずこの話が要ります。
それと、計算にはこまかい決まりがあります。月をまたぐと合算されません(月初から月末で区切ります)。同じ病院でも入院と外来は別に数えます。
だから「月末に入院して月初に手術」は、上限が2か月分かかることになります。細かい計算は看護師の仕事ではありませんが、「月をまたぐと変わる」ことだけ知っていれば、相談につなげられます。
Q5. もうひとつの制度 ──「医療費控除」は、申請先が違います
高額療養費とよく混同されますが、まったく別の制度です。

窓口が違うというのが、いちばん大事なところです。高額療養費は健康保険の話なので保険者へ。医療費控除は税金の話なので税務署へ。片方をやっても、もう片方は自動では処理されません。
いくらから対象になるのか
1年間に払った医療費が10万円を超えた分です(総所得金額等が200万円未満の方は、所得の5%を超えた分)。
生計を一にする家族の分は合算できます。ご本人の分だけで10万円に届かなくても、家族全体では超えていることがあります。
注意 ── 高額療養費で戻った分は、差し引きます
ここを勘違いすると、患者さんに誤った期待を持たせてしまいます。
国税庁は「保険金などで補填される金額は差し引く」と明記しています。高額療養費で戻ってきたお金も、これにあたります。
つまり「両方まるまる受け取れる」わけではありません。実際に自分で負担した分が、控除の対象になります。
食事代は、こちらでは対象になります
Q4で「入院中の食事代は高額療養費の対象外」と書きました。でも医療費控除では対象になります。入院代に含まれるものだからです。
いっぽう差額ベッド代は、本人や家族の都合で個室にした場合、どちらの制度でも対象外です。
看護師が言えるのは、この一言で足ります
「1年分の領収書は、とっておいてください」
制度の説明をする必要はありません。捨ててしまうと、あとから取り返せないものだけ、伝えておく。それだけで十分です。
Q6. 看護師が動ける場面は、3つあります
① 「お金が心配で」と言われたとき
これが最大の場面です。ここで「そうですよね」で終わらせず、「そういう相談にのる人がいます」と伝えて、ソーシャルワーカーにつなぐ。
患者さんは、相談できる窓口があること自体を知りません。
② 入院が決まったとき
マイナ保険証を持っているか。持っていなければ、認定証の申請が要るかもしれません。手続きには時間がかかるので、入院前に気づけるかどうかが分かれ目になります。
③ 個室や特別な治療の希望が出たとき
Q4の話をする場面です。「これは高額療養費の対象外です」と一言添えられるかどうかで、あとの納得が変わります。
まとめ ── 覚えるのは5つでいい
- 1か月の医療費には上限がある(収入で決まる)
- マイナ保険証があれば、認定証はいらない(低所得の区分は別)
- 差額ベッド代と食事代は、対象外
- 「心配です」と言われたら、ソーシャルワーカーへつなぐ
- 1年分の領収書はとっておく(医療費控除は税務署へ。別の制度)
制度を説明できるようになる必要はありません。金額を計算する必要もありません。
ただ、「その心配には、使える制度があります」と言えるかどうか。それだけで、患者さんが抱えて帰るものが変わります。
わたし自身、ずっと医療者でありながら、ここを曖昧にしてきました。調べてみて、知らないままでいるのはもったいないと思いました。
患者さんの心配ごとの中で、体のことと同じくらい大きいのが、お金のことです。そこに気づける立場にいるのが、いちばんそばにいる看護師なのだと思います。
わたしは、看護が好きです。
だからこそ、看護の価値を問い続けていたいと思っています。
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参考にした資料
- 高額療養費制度を利用される皆さまへ(厚生労働省)── 制度の概要、令和8年8月からの見直し
- 高額療養費制度の見直しについて(厚生労働省)── 令和8年8月〜令和9年7月の自己負担限度額、年間上限の新設
- 限度額適用認定証(全国健康保険協会)── マイナ保険証を使う場合の扱い、申請が必要な場合
- 高額療養費(全国健康保険協会)── 対象にならない費用、計算のルール
- 医療費が高額になりそうなとき(限度額適用認定証等)(全国健康保険協会)── 資格確認書の場合の扱い、70歳以上の扱い
- 医療費を支払ったとき(医療費控除)(国税庁)── 対象期間、控除額の計算、補填される金額の扱い、申告先
- 医療費控除の対象となる入院費用の具体例(国税庁)── 差額ベッド代と食事代の扱い
※この記事は、看護師が制度の存在に気づくための一般的な情報です。個別の金額や手続きについては、必ず加入している保険者(協会けんぽ・健康保険組合・市区町村など)や、医療機関のソーシャルワーカー・医事課にご確認ください。上限額は年収区分・年齢・世帯の状況によって異なり、記載の金額は2026年8月〜2027年7月のものです。年収の目安は、条件によって変わります。



