第六感はあると思いますか。
人には五感があります。
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。
看護に置き換えるなら、こうでしょう。
視覚は、表情や皮膚、呼吸の変化を読む力。
聴覚は、呼吸音や声の調子から違和感を拾う力。
嗅覚は、感染臭やケトン臭など診断につながるサインを察知する力。
味覚は、食事や食欲の変化から全身状態をみる力。
触覚は、皮膚温や浮腫だけでなく、触れたときの安心や緊張を感じる力。
では、五感では説明できない「第六感」とは何でしょうか。
「なんかおかしい」の正体
現場では、こんな言葉が飛び交います。
「なんか気になる」
「理由はないけど違和感がある」
「第六感かな」
私も何度も経験してきました。
部屋を出ようとしたのに、なぜか振り返った。
もう一度確認しようと思った。
その先に、急変があった。
でも、ある時気づきました。
急変は、本当に“急”だったのか?
振り返ると、必ずどこかにサインがある。
ただ、それを言葉にできていなかっただけでした。
第六感の正体は「経験の集合体」
私が第六感だと思っていたもの。
それは説明できない力ではありませんでした。
それは、
これまで見てきた急変の記憶
その人の“いつも”との微細なズレ
部屋に入った瞬間の空気の違和感
無意識に拾っている小さな変化
そういった経験の積み重ねが、
瞬間的に「おかしい」と教えてくれていたのです。
第六感とは、
言語化してこなかった経験の集合体なのかもしれません。
急変は突然ではない
私は多くの急変現場に立ち会ってきました。
そして思うのです。
急変は、突然起きているのではない。
私たちが、兆候を見逃していただけなのではないかと。
「なんかおかしい」と思ったあの感覚。
それは、危険予測の芽だったのだと思います。
第六感は育てられる
では、この力は特別な人だけのものでしょうか。
私は違うと思っています。
第六感は、
- 急変を振り返ること
- なぜ気になったのかを言語化すること
- 「いつも」との違いを考えること
その積み重ねで育つ。
説明できるようになるほど、
第六感は再現性のある力になります。
それはもう“勘”ではなく、
看護の土台です。
それでも、私は信じている
そして正直に言えば、
もうひとつの意味の第六感も、私は否定していません。
目に見えない何かに守られているような、
はっとする違和感。
それもまた、
看護師という存在が持つ感性の一部かもしれません。
あなたは、「なんかおかしい」を流していませんか。
その違和感は、
きっとあなたの経験が教えてくれているものです。
第六感は特別な力ではありません。
積み重ねてきたあなたの看護、そのものです。


